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大分地方裁判所 昭和46年(そ)1号 決定 1971年12月27日

請求人 土谷豊

決  定

(請求人・代理人氏名略)

右請求人から刑事補償の請求があつたので、当裁判所は検察官および請求人の意見をきいた上、次のとおり決定する。

主文

請求人に対し金九四、二五〇円を交付する。

理由

本件刑事補償請求の理由は、別紙「請求の理由」記載のとおりであつて、これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

一、まず拘禁および請求人に対する被告事件の経過について検討するに、当庁昭和四二年(わ)第一四六号昭和四三年(わ)第一八五号、一八九号被告事件の記録によると、次の事実が認められる。

請求人は、別表拘禁経過表記載のとおり、昭和四二年四月一〇日暴力行為等処罰に関する法律違反の罪の疑いで逮捕され、勾留ならびに勾留延長を受けたうえ、同月二八日、「被告人は、常習として昭和四一年四月二一日頃、宮崎刑務所内教戒堂において、殺人罪で受刑中の石井組組員溝口省三(当時三一年)に対し、同人が石井組組員有村昌嗣に対する殺人教唆被告事件の証人として、自己の殺人事件は有村から頼まれた旨証言したことに因縁をつけ「有村が懲役になつたらお前の命は保障できんぞ、俺は今度でたら相宅を堅気にさせる、兄貴(石井一郎のこと)は俺の言う事をなんでも聞くんだ、相宅が俺の言うことをきかなかつたら殺されるぞ」などと語気荒く申し向け、同人の生命身体に危害を加える如き気勢を示して脅迫したものである」との公訴事実につき当庁に起訴され、その後保釈ないし執行停止ならびにこれら取消による収監および勾留更新を繰り返し、昭和四六年八月三〇日勾留期間満了に至る迄合計一〇七日間拘禁され、他方、昭和四三年三月二八日常習賭博罪の疑いで現行犯逮捕され、引き続き勾留およびその延長を受けたうえ、同年四月一五日、「被告人は常習として外四〇名位と共に昭和四三年三月二八日午前零時頃から同日午前二時二〇分頃迄の間、飯塚市東横田旅館「景松園」こと吉岡辰代方別館二階広間において花札等を使用して金銭を賭し、俗に「手本引」と称する賭博をなしたものである」との公訴事実につき飯塚簡易裁判所に起訴され、その後保釈ないし執行停止ならびにこれら取消による収監および勾留更新を繰り返し合計一一九日間拘禁され、その間昭和四三年五月三一日、右各勾留の執行停止中、「被告人は常習として原田一郎外三〇名位と共に昭和四三年一月一七日午後一一時頃翌日午前五時頃迄の間福岡市緑橋通り楠原種雄方二階座敷において、花札等を使用して金銭を賭し、俗に「手本引」と称する賭博をなしたものである」との公訴事実につき当庁に起訴され、前記飯塚簡易裁判所に起訴にかかる常習賭博被告事件の弁論は同年五月三一日当庁に起訴にかかる右常習賭博被告事件の弁論に併合され、さらに、昭和四六年八月九日常習賭博の罪の疑いで逮捕され、勾留中の同年八月一二日、勾留被疑事実と同一の「被告人は常習として、波谷守之ほか二〇名位とともに、昭和四五年二月一六日午後一〇時頃から翌一七日午前八時頃迄の間、別府市大字南立石字引野二六二番地の一扇山観光ホテル二階客室において、前綱等を使用して金銭を賭け、俗に「手本引」と称する賭博をなしたものである」との事実外二個の常習賭博の事実につき前記常習賭博被告事件の訴因に訴因の追加的変更請求がなされて同被告事件の第五回公判期日(同年八月二五日)において右請求が許可され、合計四〇日間拘禁された。

しかして、昭和四六年二月九日前記常習賭博被告事件の弁論は暴力行為等処罰に関する法律違反被告事件の弁論に併合されたうえ、同年九月一八日、当裁判所において、右暴力行為等処罰に関する法律違反の罪については犯罪の証明がないものとして無罪の、常習賭博罪については一罪として懲役六月に処し、未決勾留日数中六〇日をその刑に算入する旨の有罪の判決言渡があり、右判決は控訴申立期間の経過により同年一〇月二日確定した。

そして、右記録によれば、請求人は本件暴力行為等処罰に関する法律違反被告事件について、身柄拘束期間を含め、捜査段階、公判廷を通じて犯罪事実を争う態度をとり続けて来たことが認められ、また有罪を作為した形跡もないので、本件についてのみ拘束された昭和四二年四月一〇日から同年七月一〇日迄の間の合計六四日間は刑事補償法三条各号の補償の全部又は一部をしないことのできる場合には該当しないことも明らかであるが、その後昭和四三年五月二四日から昭和四六年八月三〇日迄に受けた合計四三日間の勾留は、常習賭博の事実によつても勾留されたもので、同罪は本件被告事件と併合して審判され有罪となつたのであるから、併合罪の一部について無罪の裁判を受けても、他の部分について有罪の裁判を受けた場合に当るところ、そもそも有罪となつた常習賭博の事実についての勾留と重複する未決勾留日数は、本刑に算入された限度で刑事補償の対象としては刑の執行と同一視せらるべきものとなり、最早未決勾留としては刑事補償の対象とはならないと解すべきである。そこで、常習賭博の罪については起訴後の未決勾留日数一〇一日のうち六割に当る六〇日が本件に裁定通算されているから、同罪についての勾留と重複する前記四三日の本件未決勾留日数のうち法三条二号に基づく当裁判所の裁量の対象となるものは、右常習賭博の罪につき裁定通算された割合に相当する二六日を控除した残り一七日であると解せられるところ、本件勾留部分は常習賭博の事実についての勾留とは別個独立の勾留に基づいてなされたもので、実質的にも本件の審判のために利用されたと認められるから、右有罪部分と重複する本件未決勾留一七日についても補償することとするのが相当である。

以上のとおりであるから、請求人は国に対し、本件についてのみ拘束された分六四日と右有罪部分の勾留と重複する部分一七日との合計八一日の拘束日数につき相当の補償を請求しうるものといわねばならない。

二、そこで補償金額について検討するに、本件事件記録によつて認められる請求人の年令、職業、家族関係、勾留による精神的、物質的損害および得べかりし利益の喪失、また前記有罪部分の未決勾留と重複する勾留部分については、常習賭博の事実についての勾留はそれ自体勾留の理由と必要があり従つて専ら本件の審判のためにのみ利用されたものとは認められない等諸般の事情を考慮して、請求人に対しては、本件についてのみ拘束された六四日については一日に金一、三〇〇円の割合を乗じた金八三、二〇〇円の、有罪部分の未決勾留と重複して拘禁された一七日については一日に金六五〇円の割合を乗じた金一一、〇五〇円の補償金を交付するのが相当と認められる。

よつて、請求人に対し金九四、二五〇円を交付することとし主文のとおり決定する。

拘禁経過表

昭和年・月・日

暴力行為等処罰に関する法律違反関係

常習賭博(景勝園)関係

常習賭博(扇山観光ホテル)関係

四二・四・一〇

逮捕

同・同・一二

勾留

同・同・二八

起訴

同・六・二

執行停止により釈放

同・七・一

執行停止期間満了により収監

同・七・一〇

保釈により釈放

四三・三・二八

その後保釈条件違反により保釈取消(逃亡)

逮捕

同・四・一

勾留

同・四・一五

起訴

同・五・二四

収監

同・同・二九

執行停止により釈放

執行停止

同・同・三〇

右決定により釈放

同・八・一二

執行停止取消

同上

四六・二・八

右決定に基づき収監

同上

同・同・九

勾留更新(同月一七日から)

勾留更新(同月二三日から)

同・同・二二

執行停止

同上

同・同・二三

右決定により釈放

同上

同・八・九

逮捕

同・同・一〇

停止期間満了により収監

同上

同・同・一一

勾留

同・同・一二

訴追の追加的変更請求

同・同・二五

勾留更新(同年九月六日から)

同・同・三〇

勾留期間満了

同・九・一八

判決言渡

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